2人の争い、2人の正義

うちの職場にはあまり仲のよくない2人がいる。どういうわけだか、いつの間にか話をしなくなった。

そのうちの一人は負けず嫌いで、自分の言ってることにはまちがいがないと思っているタイプの人間だ。

だから私がアドバイスしても、自分が正しいと思ったことについては全く聞く耳を持たない。

そんな人だから、「ちょっとは仲良くしようよ」と言っても「むこうが仲良くしないから」と歩み寄ろうとすることはない。

それどころか、「自分はちっとも悪くないのに、なんでこちらから歩み寄らなければいけないのか」という態度である。

 

もう一人のほうは負けず嫌いということはなくて、比較的温厚だ。しかし、納得いかないことに関してはとことん納得しない。私がなにか言ったとしても必ず反論してくる。

 

結局、双方とも相手のことに関しては納得できないようである。

 

でも、まあ、考えてみれば、それはしかたないことだろう。人間というものは、各自それぞれの正義を持っている。

もちろんそこには共通の正義もある。泥棒をしてはいけないとか人を殺してはいけないとか、そういうやつだ。

ところが、物事の善悪というものは、人によって異なることが多い。

たとえば、外を歩いていると道端にゴミが落ちている。ゴミを捨てることがそれほど悪いことだと思っていない人が大勢いるのだ。

私の知り合いなどは、喫煙してはいけないエリアで歩きタバコをしていた。この時代にまだ歩きタバコをするやつがいるんだなぁと驚いた。私より年上の人なので、もう少し若者に対して見本となるような行動をしてほしいと密かに思ったりもした。

ともかく、その先輩は歩きタバコをそんなに悪いことだと思っていないのだろう。

また、ごはんを食べてるときも、「ごはんを残すのはよくないことだ」と言っておなかいっぱいでも食べる人がいるし、逆に「食べられないなら残せばいいじゃん」と言う人もいる。

ごはんを残すのは悪だと考えている人は多いと思うし、逆に残して捨ててしまうことになんの躊躇もない人も多い。

物事の善悪に対する考え方は人それぞれだから、正義というのもやっぱり人それぞれちがってくるわけだ。

 

もっと大きいことをいえば、国と国との対立だって同じだ。どっちにもそれぞれの正義があり、どうして妥協できないことが多い。

「そっちが悪いじゃん」と思っていることは、相手もそう思っているということだ。

 

つまり、人が複数いれば、必ず考えがちがう場合がある。どこかで必ず考え方のちがいで対立することがあり、それは避けられない。

それをわかったうえで人と接するべきなんだろう。

 

だから、最初に挙げた仲のよくない2人には何を言っても無駄ということだ。

お互いの正義はなかなか変えられないから。

もうなにかのきっかけで偶然仲良くなることを祈るしかない。大して期待もせずにそれを待つことにしよう。

 

そして、もっというと、人生において、何を言っているのか全く理解できない人が必ず目の前に現れる。

しかもそういうやつはけっこう多い。

友だちや先輩、上司や社長、お客さん、すれちがった人、とにかく突然わけのわからないことを言ってくる人が現れる。

私もむかし女性のお客さんに、「あなた私のそばに寄らないで、気持ち悪いから」といきなり言われたことがあった。そのお客さんのことなど全く意識してなかったし、気にも留めてなかったのに、そんなひどいことを突然言われたのだ。

正直、初対面の人に向かって、よくそんなことを言えるなぁと驚いた。正常な人間なら絶対にそんなことは言わない。私は「この女、頭がイカれているぞ」としか思えなかった。

でも、その女性にとっては、それを言うことがふつうなのである。

 

人間関係というものは難しい。しかし、人間社会というものは、それぞれに自分だけの正義を持った人間の集まりだと思っていれば、大して驚くこともないだろう。

みんなそれぞれちがうから、しかたない。

もう、みんなちがってみんないいみたいな気持ちで生きていくのがよいのだろう。