情報収集は知識を得るためだけにやるものではない

先日、堀江貴文さんと橋下徹さんの共著「生き方革命」を読んでいたら、興味深いことがいくつも書いてあった。

さすが堀江さんと橋下さんだ。彼らの印象は、常識にとらわれず自分の思う通りに行動しているという感じだ。

彼らの書いた書籍はもちろん参考になるが、ツイッターやWEBに登場する意見もかなり参考になる。

 

さて、最近の私といえば、「情報」ということばに敏感になっているわけだが、この「生き方革命」の中にも、堀江貴文さんの「情報」についての考え方が紹介されていた。

たとえば

情報を活かせるようになるために必要なのは、莫大な量の情報を浴びることだ。あらゆるジャンルの情報をシャワーのように浴びることで、受け手の脳が変化していく

と堀江さんは述べている。

「情報をシャワーのように浴びる」というのは、私のブログの中でも出てくることが多いが、これは堀江さんの受け売りである。何年か前にその話を何かで読んで、一生懸命、情報のシャワーを浴びることにした。

 

なぜ、情報のシャワーを浴びる必要があるか、なぜ情報をたくさん取り入れると「受け手の脳が変化していく」のか。

それは

たくさんの情報を取り入れるうちに、脳の回路が組み変わり、これまでできなかった高度な判断をすばやく行えるようになっていく

 のだそうだ。

 

最初は本を読むのがあんまり好きではなかったのに、何冊か読んでいくうちにだんだん本のおもしろさがわかるようになる。これは脳の回路が組み変わったからなのだろう。

新聞なんて子どもの頃はテレビ欄しか見なかったが、大人になるにつれ、社会面や国際面などに興味が出てきたりする。

そういう情報にだんだん触れていった結果、脳の回路が組み変わり、いろんな情報の処理ができるようになったのだろうと思う。

 

考えてみれば、情報に限らず、なんでも数多く触れていくことによりわかっていくものだ。

私は学生の頃、尾崎豊とか浜田省吾などを好んで聞いていたが、なんとなくジャズを聞くようになっていった。

今現在ジャズを理解したと言えるわけではない。ただ、聞き始めた頃にはよさがわからなかったのに、いまは純粋にいいなぁと思える。

社会人になってから美術館に行くようになったが、それも最初は絵画がいいとは思わなかった。ただ人に連れられて行っていたのだが、何度も足を運ぶうちにいいなぁと思うようになってきた。

音楽も絵画も、たくさん触れていくうちに、私の中の回路が組み変わったのだと思う。

なんでもたくさん触れていくのがいいらしい。

 

情報をたくさん浴びることにより、私の中の思考回路がどんどん変わっていく。

たぶん、情報を浴びることで、考えるための素地ができていくのだと思う。

 

単純に、私は知識を増やそうと思っていたわけだが、情報のシャワーを浴びることが、自分の思考のもとができていくことがわかった。

これからも一生懸命、情報を摂取していきたいものだ。