判断するときの基準は「鍛錬か、我慢か」というのに納得がいった

最近ハマっている「NEWS PICKS」の「シゴテツ」という連載。

「NEWS PICKS」はニュースのサイトで、「シゴテツ」というのは「仕事の哲人」の略。ある分野の第一人者がどうやって成功していったのか、その人の仕事に対する哲学が書かれている。

だいたい一人につき7回くらいに分けて、連載されている。

 

今回は、マイクロソフトで成功し、現在は独立して株式会社圓窓の代表取締役である澤円さんの話だった。

newspicks.com

 

毎日楽しみに読んでいたが、第6回目の「選択の判断軸は『鍛錬か、我慢か』」は特に頷いてしまった。

たとえば、これから先に選択肢が2つあったとして、それが成長につながるのならば鍛錬ただの消耗だったら我慢というわけだ。

 

わたしがこの先、ちがう役職になったときに、その役職が成長につながらのなら鍛錬なのでそれを選べばよい。もし、ただのお飾りだったり、他になり手がいなくて押し付けられたのなら我慢だ。

 

なかなかおもしろい考えだなぁと思った。

 

そういえば、このことは時間の使い方やお金の使い方にもつながる。

時間やお金を使うとき、それが成長につながるのなら投資になる。しかし、なんの役にも立たないような使い方だったらただの消費あるいは浪費だ。

それが投資になるのか浪費になるのかということを考えるのは重要だ。

 

澤さんの考え方もこれに近いと思う。

判断基準のひとつとして、おぼえておこうと思う。