天才とは努力が続けられることだ

昨日に引き続き「自助論」を読み進めている。ページが進むにしたがっておもしろさが増してきた。

たとえば「天才」について「自助論」は触れている。

どんなに高尚な学問を追究する際にも、常識や集中力、勤勉、忍耐のような平凡な資質が役に立つ。そこには生まれつきの才能など必要とされないかもしれない。

集中力や勤勉あるいは忍耐のような、一見天才とはかけ離れているような資質が 役に立つことはまちがいない。

そして、天才だろうとそこは軽視できないところだ。

天才とは人間の内なる情熱の炎を燃え立たせる力である

天才とは忍耐なり

私が社会のために何か貢献できたのだとすれば、それはすべて研究に努め、忍耐強く思索をつづけてきたおかげなのです

偉人やすぐれた研究者は、単に才能を発揮したというより、長い間ずっと努力してきたようだ。

ということは、凡人だろうと非凡な人であろうとやることは同じ、粘り強く努力を続けていくだけなのだ。

努力なくして結果なし。

そこを勘違いしてはいけないようだ。これからは何か結果を出そうとするならば、努力し継続し、あきらめずに実行していきたいところだ。